2008年10月06日

久々にのどかに(武蔵野紀行1)

9月終わりの週末、涼しくなってきていた。
気候的にも悪く無し、
久々にハイキングに出かけた。

乗り換えを含めて電車で1時間
西武線、小手指駅をおりる。
駅前と言ってもそんなに大きな店等は無かった。
埼玉県もこの辺まで来ると閑静な住宅街だ。
時刻は10時

武蔵野という感じの林や田畑、住宅が混じる風景の中、車のあまり通らないを歩く。
道端には彼岸花が艶やかだ。

P1010627.JPG

なんだか目印が少なくて、道がわかりにくかった。
(もっともガイドの地図がおおざっぱとも言えるのだけど)
30分経過、目印となっていた病院前の交差点についた。
ここから、細い道の方にはいると史跡等々があるはずだ。

ガイドの地図通り、小手指古戦場碑につく。

P1010628.JPG

「鎌倉幕府末期、栃木辺りを本国としていた新田義貞が、鎌倉に攻め上って来る。
迎え撃つ鎌倉幕府軍。両軍がこの辺りで衝突した。この後、勝負がつかずに双方引き上げ、また別の場所にぶつかるが、このときは幕府軍に援軍があり、新田軍は敗走した。」
等の説明書きがあった。
(この後、新田義貞は兵を建て直して鎌倉幕府を滅ぼすことになる)

P1010629.JPG

古戦場碑から60m林に入るとそこが白旗塚となる。
小さな塚かと想像していたら、思ったよりも大きい。
ちょっとした古墳を連想させる。
白旗塚、小手指の戦いの折、新田義貞が誓いの旗を立てた、と説明書きがあった。

ここから道路に戻って塚を見ると、木々に覆われてこんもりとした山になっている。
手前には茶畑、こういうこんもりした史跡というもは雰囲気があっていい。

P1010630.JPG

ここからまた車のあまり走らない道路を歩く。
分かれ道には案内版があって、迷わずに済む。
案内板に従って北野天神社についた。
ここも新田義貞ゆかりの木があった。

P1010631.JPG

そのほか「力石」(昔の人が力を示すために担いであるたとか)や
○×親王陣跡などの碑もあった。
さして大きくは無いが、こんもりした古さを感じさせる神社だった。

この神社で15分ほど休憩。
おやつを食べる。
時刻は11時30分、1時間30分経過していた。


(続く)
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2008年10月01日

歴史は偶然の産物ではなく、仕組まれた産物(著作「仕組まれた昭和史」より)

書籍紹介
副島隆彦・青木ヨシヒロ著
思想劇画 仕組まれた昭和史


先の戦争がどういう経緯で起こったのか?
戦争に至る真実は何だったのかを暴く。

歴史というものは日本だけで独自に成り立つものではない。
世界史の中の一つとして日本史がある。

近代、この時代の支配者はヨーロッパである。
このヨーロッパ(とりわけ英国)で一番力を持っていたのが富豪ロスチャイルド家である。
近代日本はこのロスチャイルド家が日本指導者を裏から操る形で作ってきたのである。
日本の財閥、三井や日本銀行もこのロスチャイルドの系統になる。

ロスチャイルド家はこのような形で7つの海を支配する、大英帝国を築き、維持してきたのである。
そして、中国にも利権があった。
この中国の近くにあり、この秩序を守る役割を日本に負わせていた。のである。

このロスチャイルド家に対し、新興財閥ロックフェラー家が秩序の切り崩しを図る。
ロックフェラー家はアメリカを根城として石油を背景に勢力を伸ばした国際金融資本である。

ロックフェラーは中国にロスチャイルド家の持つ既得権益を横取りすることをねらった。
既存の秩序を崩すため日本が中国に侵攻するよう仕組んだのである。
・ロスチャイルド系の政治家・指導者(原敬・高橋是清・犬養毅等)を暗殺させる。(暗殺の実行者は日本人であるが、その組織を裏から支援し操っていたのがロックフェラー。
・海軍提督、米内正光・井上茂明らは、海軍陸戦隊を投入、上海や重慶に侵攻、空爆を繰り返した。

こういった謀により、日中全面戦争に突入していく。


さらに・・
日米戦である。
連合艦隊司令長官、山本五十六は、周りの反対を押し切って航空隊による真珠湾の奇襲を断行する。
予想以上に強力だった日本海軍により米海軍も損害を受けたが、この真珠湾攻撃は重油タンクを残す不徹底なもので、3次攻撃をせずに撤退する。
この攻撃によりアメリカの世論は参戦に傾く。

これも全て仕組まれていたのである。


すなわち、日本海軍の3提督「米内正光・山本五十六・井上茂美」は平和を目指した3提督と阿川弘之の作品で書かれ有名になったが、
彼らこそがアメリカの支配者ロックフェラー家の手先となり、または操られて、日本を戦争に引くづり込んだ張本人たちなのである。


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(感想)
先の大戦は
「大東亜戦争肯定論」
「日本が侵略した論」・・(東京裁判史観)
とその中間(と称する)歴史観、等々の歴史解釈があるが、
これらとは一線を画した、「だまされていた論」がこの著作である。

これまで、大戦に至る経緯など漠然と不自然に感じていたことがあるのだが、
本書の解釈だと納得いくのである。

・近衛内閣は蒋介石政権を相手せず、と交渉の道を絶った。
・満州事変でのリットン調査団は、比較的日本に好意的な調査結果をだした。
・日本は満州だけでとどまらず中国本国まで出て行ってしまった。補給が続かないのに。
・真珠湾攻撃で第3次攻撃が必要であったのに、それを行わずに引き上げた。
・実際は海軍が陸軍と日本政府を振り回した。それなのに「海軍善玉史観」がまかり通っている。(東京裁判でも陸軍軍人のみが死刑になっている)
・元々なんの力のないヒットラーが政権を取った。
・戦後、共産党(毛沢東)が中国で政権を取る。(このことでアメリカが損をするのであるが、敢えてそのようにし向けた)
・スターリンがソ連で実権を握った
・ブラックマンデー

等々・・。

2008年09月23日

牽いてもらうもさわやかに(大阪城旅行記3)

(前回記事の続き)

img560.jpg

天守閣広場はなにやら賑やかだ。
人力車を引いている・・・その周りでかけ声を掛けている。
浅草や京都で見かける人力車をやっているのだろうか?
そう言えば、この春旅行した秋田(角館)で10分間だけ人力車に乗ったなあ。
しかし、わざわざ料金を払ってまで・・・・
と思っていたら、そちらの方から声を掛けてこられた。

無料で人力車の搭乗体験ができるとのこと。
そして、これは業者ではなくて、大学のサークルだということを聞いた。
それも東京の。

へぇ・・東京から・・遠いとこからね。
大学というのも一つではなくていくつかの大学。
なんて聞いていると自分の番が回ってきた。
引いてくれたのは女性。なんだか、申し訳ないような、ちょっとそんな気分になった。
乗っている時間は2分程度。
くるっと走っただけだった。
しかし、気分はよかった。

この後アンケートを書いて、その場を去った。
人力車サークルの皆さん、さわやかでした。

img561.jpg

この天守閣広場(多分、本丸)には食堂や休憩所(ジュースやソフトクリームを売っている)がある。
ここでしばし休憩。
のどが渇いていた。

ちなみにこの時期(8月後半)暑い時期であったが、
大阪城公園は森の中、街の中に比すと暑さはかなり緩和されて過ごしやすい。

この後、別の門から広場を出る。
内堀を渡って・・先には豊国神社があった。
豊臣の氏神になるのだろう。

ここで遊園地であるような
汽車風のシャトルバスがあった。
昔来たときはこういうのはなかったなあ・・・
せっかくの機会だから乗っていこう・・
当初、他には客がいないのかと思っていたら、
出発間際になってたくさんの人が乗ってきて、満員だった。

この、放送でガイドがかかり、城の堀や石垣、門。また、花壇などの説明が流れる。
こういうのを聞きながらだとよく分かる。
(ただ、放送よりも生の説明の方が面白いということはある)

img567.jpg

20分ほど乗って、停留所?につく。
ここから15分ほどあるいて帰りの駅に着いた。
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2008年09月21日

堀を眺めながら(大阪城旅行記2)

(昨日の続き)

ここから大阪城天守閣を目指す。
大阪城ホールを通り抜けた。
この感じ、皇居の武道館とダブらせてしまうのは私だけだろうか?

oosakajouho-ru.jpg

nihonnbudoukann.jpg

天守閣は当然高いところにあって、石の階段等をあがっていく。
対してきつくはないところだ。
以前、安土城とか見に行ったことがあったが、こっちは結構遠くなって汗をかく。
もっとも城中心の近くまで駅が来ている、とも言えるのだろうが・・・。

堀を越えて上がりきると、そこは天守閣前広場。
地面としては一番高いところだ。
城らしく銃口が作られた壁があったりして、下を見下ろせる。
二重堀の内堀が真下の感じに見える。

img563.jpg

その昔、江戸時代前、大阪城を舞台とした戦争・・大阪の冬の陣、夏の陣があった。と習ったのを思い出す。

徳川家康はこの城を攻めあぐねて、和議を申し込む。その条件が外堀を埋めること。
それを城方の豊臣家は受け入れ、和議が成り立つ。
(大阪冬の陣)

しかし、徳川方はその約束を違えて、内堀まで埋めてしまった。

堀のない城では最早役に立たず
簡単に城方の豊臣側が負けて、滅亡する。

小学生の頃に読んだ話を思い出した。


これが中学生の頃に習った話になると、
「大阪城の外堀を埋められると・・内堀の付近から大砲を撃つと天守閣に届いてしまう。・・・で簡単に落ちた」
と歴史の時間に習った。
確かにこの距離なら昔の大砲でも届きそうだ。

(この頃の疑問)
そんなに簡単に落ちてしまう、”堀を埋める”という条件をなぜ城方は受け入れたのか?
私はそれが疑問だった。


司馬遼太郎の小説「城塞」(大阪の陣を題材にした作品)より

和議の情景として、”そう堀を埋める。”と言うのがあった。
この”そう堀”とは飾りのような部分で、
「それくらないならいいでしょう」
と大阪方の大野修理は答えた。

で、埋める作業になる。
これは、徳川方に参陣した外様大名が命じられた。
徳川家康の印象をよくしようと、どんどんと埋めていって、そう堀ならぬ、”そう堀とは全部の堀のことだ!”と言って、外堀も内堀も埋めてしまって、堅陣を誇った大阪城を掘り無しの城になってしまった。

この後、家康は言いがかりをつけて、戦争を始めて、豊臣家は滅亡する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、小説は一番詳しくて分かりやすい。
ただし、司馬遼太郎の小説は作り事が多く、どこまでが史実か分からなくなる、
ということであるので、この辺も作り事が多いようにも思える。


横道にそれてしまった。


天守閣広場から見た天守閣はえらく新しかった。新築したのだろうか?
新しいと史跡の重みをあまり感じさせない。
以前に来たことがあったので、今回は、天守閣には上らなかった。

「大阪の城には天守閣があるから、東京の人はうらやましがるんだよ」
観光客の一人がそんなことを言った。

そう言われ見れば、皇居(江戸城)には天守閣はない。本丸、天守閣跡と言って、石垣と礎石が残っているだけだ。(堀や矢倉があるので城であることは分かるのだが)
確かに大阪城の方が城として有名なイメージがある。

政治の中心としては、江戸城の方が期間も長く実質も伴った筈だ。
大阪城を作った豊臣秀吉は、政治は伏見城や聚楽第など京都で行っていたのが主だった。


城としてのイメージが大きいのは「戦場としての城」だったからだろう。
天下を手中にした家康でさえ、力攻めでは落とせなかった城。という意味合いで。

またまた横道にそれてしまった・・・

(続く)
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2008年09月20日

水面からの景色(大阪旅行記1)

(1ヶ月前のことを書きます(^^;)

1週遅いお盆休み、久々に帰省した。
墓参りをして、足を伸ばして大阪城に行った。
まだまだ暑い日差しの中で、駅で待つのも汗をかく。

大阪城公園駅、環状線の駅の一つだ。
子供の頃、母に連れられて初めて大阪城に来たときはこの駅は無かった。
(もっともこれは20年以上前の話だけれど)
比較的新しい駅ということだ。
駅からは天守閣が見える。

この駅からすぐに堀を渡る。
「大川」なる川に沿って奥に進んだ。
5分歩くと水上バスの乗降り場がある。
この辺の川はもともと大阪城の一部、外堀を一角となっている。
(川を利用して堀の一部にした、と言う方が正確なのだろうけど・・)

発着場に水上バスが近づいてくる。
今日はこれに乗る。
水上アクアラインと銘打つ背丈の低い船に乗り込んだ。

img558.jpg

発岸。
窓は水面50cmかなり低い。
スピードは決して速くは無いが、幅の広い川を下流に進んでいく。
大阪城側の川岸はやっぱり緑が多い。
対岸も舗装されて高いビルが目立つがそれなりに緑も多い。

所々で天守閣が見えた。
やっぱり天守閣というのは目立つ。

城沿いを過ぎると寝屋川と合流する。
ここから寝屋川を下る。
桜道の通り抜けの造幣局があったり、反対側は堂島であったりと、
川沿いは以前歩いたことがある場所だ。
しかし、水面から見る景色は見え方が違う。新鮮に感じられる。
どっちがきれい、と言うことではないが・・・。
市中の川を進んでいるのだから、橋は普通にある。
船高はそれより低くくぐっていくことができる。
そのために、こんなに低い作りになっていたのだ。

img559.jpg

そんなこんなで元の場所まで戻る。
約90分の航海だった。

(続く)
posted by しくむ at 13:05| 埼玉 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

新聞記事が重なって(実習会スピーチより)

こんなのでも窃盗罪に・・
実習会スピーチ
山村康夫氏
課題「雨・水」

団地などでよく見かけるのですが、外に水道があります。子供の頃はそこで水を飲んだりしていたのですが、最近は、蛇口に回す取手が着いていないんですね。これだと回すことができない。飲めなくなってしまっているんですね。

なんだか不便になったなあ、くらいに軽く考えていたんですね。そのときは。

話は変わって、友人と3人で喫茶店で話しているとき、友人の一人が、携帯電話の電池が切れそうになっていたんですね。
「ちょうど充電器持っているから、ここのコンセントで充電しよう」
と私が言うと
「それは、窃盗罪になる!」
もう一人の友人が言いました。
これで充電はあきらめました。

しかし、こんなことで窃盗罪になっちゃうのか!と驚いてしまいました。


で、水道の蛇口のことを思い出してしまったんですね。
電気が窃盗になるなら水もそうなのだろう。
ということは、窃盗できないように、蛇口を回せないようにしているのではないか!

世知辛い世の中だなあ!


(感想)
へっ、そんなので窃盗になるの?私もびっくりだったが、後日の新聞記事で、「携帯電話の充電を駅で行った女性が警察に微罪処置された。(不起訴処分)」なんてのを読んだ。
金額にして3銭。
「3銭でも窃盗は窃盗」警察のコメントが印象的だった。

なんだか、ニュースを先取りしたスピーチで改めて印象深くなった。
posted by しくむ at 21:40| 埼玉 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 心に残るスピーチ(教室編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月11日

話3つをつなげて聞かせる(実習会スピーチより)

自分を褒めて失敗した
実習会スピーチ
金丸善豊氏
課題「水」

北京オリンピック、終わっちゃいましたね。
選手を送り出すとき、福田総理は
「ほどほどにがんばって・・・・」と
激励しましたが、その通りほどほどに盛り上がってほどほどの成果を上げましたね。

課題が水なので、水泳の話をしますと、
北島康介は先のアテネと今回と2大会連続で金メダルを取りましたね。
見事でした。
ですが、その前、シドニーにも高校生で出場しているんですね。
このとき4位。
”よくやった”と自分としては満足していたのですが、
帰国したとき、
メダル獲得選手はこちら、後は解散。
と分けられてしまって、非常に悔しい思いをした。
”やっぱり4位ではダメなんだ”
と奮起したところに、後の活躍があったんだと思います。

翻って自分ですが・・・
先日、役所の査察が臨時でありました。
私のところは○×台帳をつけていないといけないんですね。
ところが、2年間それはつけていなかった。

急遽その台帳を書きました。
で、先月1ヶ月分を夜中までかかって書き終わりました。
そこで疲れてしまって、
”もういいかこのくらいで”と酒を飲んで休みました。

で、査察当日、先月分ではなくて、昨年の台帳を見せるように・・・
と言われて
「ありません」としかたなく答えました。
それでこってりとしぼられてしまったんですね。
ごめんなさい”しかなかったのですが・・・

私の方は北島選手と違って
途中で”よくやった”と自分を褒めてしまってやめてしまった。
これが凡人たるゆえんですが・・・
失敗の原因でしたね。

男はやっぱり、自分に甘く褒めたりしてはいけない。
と反省した出来事でした。



(感想)
失敗談であったが、時事ニュースを掛け合わさって、笑いながら聞いてしまった。
この話、3つのエピソードが話されている。
(福田首相、北島選手、役所の査察)
突き詰めれば関連のない3エピソードなのだが、それを何となく関連した一連の話として聞かせてしまう、これは金丸氏の話術のなせる技なのだろう。

(気づいた点)
福田首相と北島選手の話は、オリンピックつながりとして一応の関連を見なせるが、役所の査察は”もうここでいいか!”と酒を飲んでやめてしまった、行動を「自分を褒めた」と表現したのは、んんん・・
(もっとも私が表現や位置づけに神経質なのかもしれないけれども)
posted by しくむ at 21:43| 埼玉 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 心に残るスピーチ(教室編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

スポーツニュースネタにエピソードを加えて(実習会スピーチより)

勝利に水を差す分けじゃないけれど
実習会スピーチ
平山正義氏
課題:雨・水

昨日のサッカー。日本勝ちました。
見たかったのですが、その日宴会がありまして、残念ながらダイジェスト版しか見られなかったです。
勝ったのはいいのですが、内容的には・・
フォワードが点を取れないで、ディフェンスが点を取ったり。
ディフェンスが上がっていて守れないことが多かったり。

ディフェンスが点を取るのは悪いこととは言えないのですが、
それで自分の持ち場がおろそかになっては元も子もないですね。

多くの人がそう言っていました。

ところで、この試合午前3時と深夜だったのですが、
父から、ペナルティキックを決めた選手選手を聞かれたのですが、
飲み過ぎていたのか、分かりませんでした。
後に○×選手だと分かったのですが・・・

「なんだ、それでサッカー通か。俺と変わらないじゃないか!」
なんて父に言われてしまい、
分からなくなるほど飲んでしまってはいけないなあ、と自分のことも反省させられました。

以上、勝利に水を差すわけではないけれど、と言うお話でした。


sakka-.jpg

(感想)スポーツ観戦をほとんどしない私にとっては、こういう情報も新鮮で目新しい。
(流行に後れているのか!と反省させられるが)
終盤に自分の失敗のエピソードを加えてユーモラスな締め方が印象的だった。

「勝利に水を差すわけではないけれど」・・
「主題は「自分の持ち場を果たせ」という方がエピソードを言い表せているように思える。」と意見もあったが、
ここは課題の「水」と掛け合わせたのだろう。
主題として面白かったと感じた。



(気づいた点)
題材的に、スポーツニュースネタになっていて、自分のエピソードに比べるとスピーチとして印象度は弱かったかもしれない。
posted by しくむ at 21:46| 埼玉 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 心に残るスピーチ(教室編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月04日

泣きたい話を明るい口調で(実習会スピーチより)

宙に浮いた80万円
滝山礼子さん
課題「熱・厚・厚」
実習会スピーチ

先日、家の書類を整理していると、一枚の図書券を見つけました。
「熱○書房」の図書券です。
この出版社は倒産してしまって、この券はつかない紙くずになってしまいました。

それに関連して思い出すのですが・・
少し前、母は文章教室に通っていたりしました。
それもあって、自費出版する、と言い出して
小説を書き始めたのでした。

それでできた小説は、身近の出来事を書きつづった10ページほどのものでした。
文章的には面白かったりするのですが、
これではとても本にはできない。
出版社に持ち込んだところ、
「短編集にするとかならできるかもしれませんが・・・」

で、私がこの文章に手を入れて、肉付けして、出版にまでこぎ着けよう・・
と書いていたりしたのですが、
何分、自分の知らないことがあったりして、イメージが膨らみにくくなかなか
進みませんでした。

そうこうしているうちに、私の方が仕事で忙しくなってきてしまいました。
そうやって時間が経ってくるうちに
その出版社「新○書房」は倒産してしまいました。

自費出版のために80万円先払いしていたのですが、
それは消えてしまった、となってしまったのです。

しかし、いつか本を出したいと、私も思っています。
以上、宙に浮いた80万円というお話でした。



jihishuppann.jpg


(感想)
80万円、無駄になってしまった、という損をしたというか腹立たしい・泣きたいような話であるが、そこを明るくユーモラスに語る口調が、印象的だった。
失敗した話というのは明るく話した方が好感を持てることが多い。

(気づいた点)
出だしの図書券のエピソードは本筋と直接関連していない、と思われるので、それは省いた方が、話の内容はすっきりしたかもしれない。

主題「宙に浮いた80万円」であったが、ほぼ返ってこない状況なのだろうから、「宙に浮いた」というよりは、「夢見る前に消えた」とかがあっていたかもしれない。
posted by しくむ at 22:10| 埼玉 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | 心に残るスピーチ(教室編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月02日

運転動作も歯切れ良く(実習会スピーチより)

簡略化されるのも考え物
山下康夫氏
実習会スピーチより


先日電車に乗る機会がありました。
そのときたまたま先頭車両の前だったんですね。
子供の頃、電車が好きで、よく先頭車両の一番前から、車掌の運転を見ていました。
「○○よーし」
と指さし確認しながら、いろいろなレバーを回したりして、
子供心にこれがすごくかっこよく見えました。

今回それを思い出しながら見てみると・・
それが全部ボタンになっていて
指さし確認もなくて
運転がすごく地味になっていました。

寂しい気持ちになりました。

最近の機会というのは、こんな感じで操作が簡略化されていることが多いような気がします。
電車の運転にしても、あのかっこいい運転を見て鉄道マンを目指した、そんな子供がたくさんいたんだと思うんですね。
今のあの操作では、憧れたりはあまり無いんじゃないでしょうか?

以上、簡略化されるのも考え物!と言うお話でした。





(感想)
電車の操作や指さし確認を身振り手振りで分かりやすく説明されて、イメージがよく湧くスピーチだった。

電車が好きなんだ、という気持ちが良く伝わってくる印象に残るスピーチだった。

(気づいた点)
主題「簡略化するのも考え物」・・・
簡略化するのもよくない、というニュアンスが主題となっているが、
前半に述べられてエピソーからは「考え物」というより「寂しい」という気持ちを表明した方がぴったり来るのではないだろうか?
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