2004年09月04日

滅多の泣き声

会話から
♀「セカチュウってみんな泣ける、って聞いたけど、君も泣いた?」
♂「そういえば、観ていた女の子はたくさん泣いていたね。でも、男は映画やドラマで滅多に泣かないの。ましてや僕はなおさら・・・・。」
こんなことを話しながら、3年前のことを思い出した。

それは、映画「ムルデカ」インドネシア独立戦争が舞台の日本映画だった。
(※)ラストシーン・エンディング、後部席から鼻をすする音が・・・中年女性だったけど、それにつられてかどうか僕も涙が溜まり流た。恥ずかしかったので音や声は出さないように腕で口を押さえたけど少し漏れた。
  映画で涙が流れるまでになったのは初めてだった。これはこの映画が良かったということもあるが、僕自身が変わった部分もあるかなと感じた。二十歳台の頃まで「男が泣くのは恥ずかしい。感情よりも論理的に物事を考えるべき」こんなふうに思い込んでいた。三十になった頃から「感情、感性も大切、自分はそれに欠けている。」と教わり自分でもそう思えてきた。今回恥ずかしかったのと同時に自分の感性も以前よりかは豊かになったのかな、と思えてそれが少し嬉しかった。



※ラストシーン:現在の独立国インドネシア、当時、赤子だった文子は50代。戦死した父の戦友・島崎、戦犯の濡れ衣で処刑された父・宮田の墓を参る。そこで共に独立戦争を戦った、ヌルハディ(現在政府高官)は「お父上の最後は悲劇的でしたが、その精神は今も生きています。」と礼を言う。
・エンディング;インドネシア国歌?力強く希望の湧く曲


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2004年09月14日

期待に違わぬラストシーン

 昨日「世界の中心で愛をさけぶ」の最終回だった。映画も見たが、ドラマの方が面白かったというのが今回の感想。(この内容だったらドラマの方が面白そうとは思っていたけど)

 「物語」
現在34歳の主人公朔太郎が17歳の時の恋人の死を受け止められず、今を生きられずにいた。

ラストシーン
朔は亜紀が「蒔いてほしい」と遺言されたお骨を今も手放せないでいた。それを事故で失ってしまった。亜紀をおくる決心をした朔は亜紀の実家を訪ねお骨を一寸分けてもらった。そして想い出の運動場(亜紀は陸上選手だった)でそれを蒔いて
「亜紀、君は先に走って行ってしまった。この距離は広がる一方だろう、でも僕は走るのを止めない。」と語りかけながら、かつて亜紀が走ったトラックを走る・・・・。

ラストシーン、印象に残った。
「17年間恋人の死を受け入れられず、おくってやることが出来なかった男が、意を決しておくる」 これがこのドラマの主題だった。
(映画のときも似ているのだけど、そこまで見てとることが出来なかった)

エンディングでは17歳の朔と亜紀が手を繋いで海岸を歩きさるシーンで終わる。
このシーンをどう解釈していいのか迷うところ。

1 非常に切ない物語なので、最後に落ち込まないように明るいシーンにした。
以前、似た感じのエンディングがあったのを思い出してしまった。
「君だけに愛を」「人間・失格」この2つのドラマ主役・準主役が死を迎えて大変悲しい物語なのだが、エンディングは同じように明るい希望のあるタッチだった。
(ちょっと不自然に感じてしまうのは僕だけだろうか?)

2 お骨を蒔いた朔(34歳)は、17歳の自分とさよならすることできた=新しい人生を歩み始める。ということを表現した。(あのシーンから解釈するにはちと苦しいかな?)

最近、面白いと思えるドラマが少ない上に、面白いと思っていてもラストシーンで裏切られることが多いが、今回のは最後までよかった、と思える仕上がりだった。
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2004年11月10日

17 論理を武器に


以前、このページでディベート観戦の感想「後攻め有利?」を書いた。このときのディベートが結構面白かったので、次の年もまた行った。その感想です。
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昨年初めてディベートを生で見たのですが、一年経ち同じ大会を見てきました。

大会の概要。
大学生3名で一チーム。準決勝2対戦。決勝1。計3対戦を見ました。

第1戦。論題「人生は短い」
YES側チーム名「関西学院討論倶楽部」(以下A):人間の欲はきりがないけど時間は限られている。人はやりたいことを全て出来るわけではないのです。・・・従って人生は短い
no側「ダックスフンド」(以下B):人生とは長い旅である。勉強や貯金をするのは、人生が長いと思っているから。また、人生は先祖から受け継ぎ子孫に受け継がれていく。従って長い。

冒頭の立論はこんな風に始まりました。なお、NO側のチームのうち2名は昨年の優勝者でした。また、対戦後に分かったのですが・・両チーム(6名)とも関西学院大学の討論部で仲間だそうです。(やりにくかったと言っていました。)

以下論戦の内容
A「長い旅とかは、抽象的である」「自分の意志を持たない子供や植物人間は人生の内に入らない」「我の物差しははっきりしているがそちらはそれがない」「貯金をするのは生きるために必要だから」

B「子供の時間は人生でないというのは、1歳半で死んだ知り合いの子供の人生を否定することになる」
「人生とは個人のことではない、代々受け継がれていくものである」「信長の時代の人生50年から現在80年に延びた」

判定 yes3票 no2票

(感想)
私もyes側に説得力を感じました。
B「なぜ、勉強するのか?」には説得力ある回答はなかったですが
私は「やりたいことが限られているからこそ、何をするかを選択しなければならない。そのためには、歴史や社会の知識を増やして選択力を磨かなければならない。勉強はそのためです。」と答えたかったけど・・・
B「人生は受け継がれていくもの」について
私は「それは、歴史・伝統(この場合は氏・家系)と言うのであって人生とは個人のことを言うと考える」
と反論したかった。

A「意志を持つ以前の子供は主体的な人生ではない」については言わない方がよかったかもしれません。Aからの反論がありました。これを言わなくても「人生が短い」と充分主張できています。
審査員に3歳の母親(アナウンサー)がいて「子供も自分の意志で動いている。意志は十分にある」とコメントでした。
 ただし、私は「子供が意志を持っている」にはちょっと首を傾げました。それは意志ではなくて本能だとおもう、と。私の身近に小さな子供がいるわけではないので、ご意見伺いたいとも思っています。



第2戦 論題「バースデープレゼントよりクリスマスプレゼントの方が大切だ」

YES側「ギリギリキリ」(唯一女性3名のチーム)(以下C)
クリスマスは街そのものが一ヶ月前からその雰囲気を盛り上げ、プレゼントはお互いに交換することが出来る。贈る・もらう2倍の喜びを得ることが出来る。小さい頃はサンタの夢を見ることが出来た。経済効果もある。従ってクリスマスプレゼントの方が優れている。

NO側「岸本美奈子と他名F」(以下D)
クリスマスとは一部のキリスト教信者以外は特別な日ではない。それに対してバースデーはその人にとって特別な日。パーソナルな日なのです。プレゼントとは贈る人が気持ちを形に表したもの。これは誕生日こそもっともふさわしい」


以下、論戦の内容
C:街全体の雰囲気が喜びを何倍もに膨らませる。誕生日を知らない人にプレゼントを出来ない。(親しくない相手では)誕生日プレゼントは意味深にとられてしまう。

D:イベントの日は日本になんと800もある。クリスマスはそのうちの一つにすぎない。クリスマスにプレゼントを渡す方が意味深。 誕生日こそ自分だけの日。そのときに祝ってもらえる方が本人はうれしい。クリスマスはホテル等雰囲気があるとことは人が一杯で予約が困難。

結果:NO 5票(全票)

(感想)
昨年は「デートに行くなら海より山だ」でしたが、この手の論題は議論にふさわしくないと思います。(個人の好き嫌いの分野に入る)昨年は論者のレベルが高いと感じましたが、今回は論戦もあまりおもしろくなかった。
クリスマス、誕生日、どっちが困難か?双方、相手が難しいとか、どちらも似たようなもの、と主張している。(困難な方が大切とも言えるしそれは論点から外れていると感じた)
元々、私は「立論」「結論」についてはNO側が後で話す。後攻め有利と思っています。(昨年はNO側の3勝)それと、「誕生日のプレゼントの方が値打ちがある」一般的にそうではないかと思っていたので、”これはDチーム有利と見ていました。不利を応援するのは心情というもの、Cを応援していましたが負けちゃった。

しかし、審判長のコメント聞いて一概にD有利とは言えないと納得しました。
審判長(ジェフ・バーグランド帝塚山学院大学教授)
「これは立場立場で受け取り方が違う。それをたくさん材料に持って来た方が有利になれる。お年寄りが孫から誕生日にプレゼントをもらう。これは非常にうれしいこと。一方、30台の女性は誕生日など祝ってほしくないと思っている。今回のディベーターは全員20歳そこそこなのでそこまでの経験がないだろうけど、そういう立場に立てることが主張の幅を広げるのです。」

なるほどなぁ。そういわれてみれば僕も30台。誕生日はうれしくない。(誰も何もいってくれい年多くそのときは寂しく感じたりするけど)そういうのを突いていけばCにも主張材料はあった。


決勝 論題「日本は大きい」(30分前:じゃんけんに勝ったAがNO側を取る)

YES側(Dチーム)
日本は面積では、68/191。人口18/191(数字はうる覚え)物理的に大きいと言えます。経済力GDP世界2位。軍事力世界5位。そして、技術力は世界に誇れる。

NO側 (Aチーム)
現在不景気そして、若者は日本に希望を見いだせない。外国と比べてデータにはっきり出ている。世界から見れば、日本を当てにしなくなってきている。経済も人口も縮小傾向にある。日本は大きくはない。

「論戦」
A:面積とか人口とか物理的数値での議論は止めよう。日本は広くない。住居は狭い。希望を持っていない。
世論調査の日本の信頼度も落ちてきている。客観的数字が大きくても日本は胸を張っていない。

D:阪神大震災の時世界が震撼した。それは自動車のある部品が神戸製鉄(注:神戸製鋼のことかと思いますが)が作っているから。自動車を生産できなくなってしまう。こんな技術力があるのです。それを誇ってほしい。 米国の世論調査では日本を信頼できる。としたのは67%。知識人階層では、もっと高くなる。
アジアでも信頼に足る国と答えた割合は高い。このように、大きな国からも小さな国からも一目置かれているのです。不安を持つ人が多いのは国を憂いている人が多いから。

結果 YES:4票 NO 1票

(感想)
Dチーム、準決勝では、頼りなくて不利と思っていたのですが、議題が変わったこともあったのか大変雄弁でした。一人は世論調査等が専門分野がだったのかもしれません。
私は愛国者(のつもり)ですので心情的はYES側を応援してしまいます。
Aの「米国・韓国の世論調査に比べて日本は圧倒的に悲観している」にたいして私は「外国が楽観的なだけ。日本人は悲観が好きな傾向がある」等思っていました。
一つ私がNO側で主張するとすれば「日本は数字上大きなものがあるでしょう。しかし、意志がないようにも見える。また、意志があったとしても弱腰、それに発信しない。これでは影響力があると言えない。すなわち大きくはない」私の国家に対する不満な点でもあります。

Aチームの最終演説で「・・最後です。これは競技の採点に入れてもらいたくはないのですが・・・日本人は何か大切なものを忘れてしまったのではないでしょうか!」
この発言にチームメートや審査員の一部は「感動した。」と言っていましたが。私はそういう感想を持ちません。こういう言葉は何度も聞いています。「金儲けや豊かな暮らしを追い続けて、心を忘れてしまっている。」と。大切な何かを示し、説明しなければ、ドラマや報道番組で言われている感傷的言葉に過ぎないと思えてしまうのです。

この対戦について審判長のコメントがうれしかった。
「私は20台から日本に暮らしている。選んで住んでいるのです。文化の話が一つも出なかったのは残念です。文化とは生活の中にある。ご飯はおいしい。絵画もすばらしい。日本には優れた文化がある。大きな国なんだ!」
選んで日本に住んでいる審判長(米国出身)の言葉は説得力がありました。
議論中から、文化、歴史で大きいという論を展開してもらいたいと思ったりしましたが、文化で論を立てるほどは私も知識はなかったです。歴史については一言言及が欲しかったな。


優勝のDチーム「岸本美奈子と他2名F」の他2名は男子。全員スーツ着用で、カジュアル系の遊び着のA・Bチーム。艶やかだけど派手目だったCチームと比較して公の場に出る服装に見えました。

ベストディベーター賞は優勝チームの久下君が取りました。決勝での彼の弁舌は論理的で際だっていました。
今回の採点は私も当たっていたというか、対戦3つ。ベストの賞も同じでした。
昨年に比べたら採点は容易だったかもしれない。(昨年は3対2が2試合あった)

審判長:「毎年言っているのですが、今年の論戦はレベルが高くなった。毎年あがってきていると思います。」
私は2回目だけれど、その通りと思いました。
ただ、2回目だったからか昨年ほど感動はしませんでした。
一つ見てみたいと思ったのは、
準決勝第2戦でも「人生は短い」で議論する。また、yesとnoの立場を逆にすると彼らはどんな論戦を展開するのか、それを見てみたい気がしました。

時間的には3時間半。充実した半日でした。
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2004年11月22日

18 背景を知って悲しき喜劇かな

今回は(も?)映画の感想。
「笑の大学」を見た。教室の飲み会で「この映画は面白い。」と聞いたので見に行った。(人が「面白い」と感じるものは面白いものが多い。映画でも、本でも・・・と最近になってそういう気になった。)

舞台は、昭和15年、浅草。ここは庶民文化の中心地。喜劇舞台も数多くあった。
喜劇舞台の台本作家の稲垣吾郎、その台本の検閲官、役所広司。警察取調室で繰り広げられる2人の戦い。そこに笑の場面がふんだんにある。
検閲官の無理難題な修正指示を受け、台本を書き換えていくうちにだんだんと面白くなっていく。
検閲官「このままでは、上演を許可することができない。【お国のため】のセリフを入れなさい。」
それが・・・「お国のため・お国のため・お国のため・・・・・・お肉のため」とギャグになってしまう。

検閲官「その設定不自然だ。」
作家「無理に警察官を登場人物にしたのだからしょうがないじゃないですかぁ」
検閲官「これではただの通行人じゃないか。警察官である必要はない。そうだ、犯人を追って登場することにしよう。」
作家 「それは面白いかもしれない。」

やがて、台本作りに2人が協力し合うようになっていく。そして、完成。


終盤、作家は召集令状を受け取り、その台本は日の目を見ることはなくなる。
ラストシーンは
作家「招集です。お国のために立派に死んでまいります。」
長い廊下を見送る検閲官
「国のために死んではならんぞ!死ぬのはお肉ためだ!」
守衛と2人で敬礼して見送る。


笑った笑った、喜劇の魅力がふんだんにある。
【できるだけ観客が多いときに観て笑の雰囲気を味わうのがいいだろう】と書かれて映画評があったが、それもうなづける。

そして、出征を見送るラストシーン。
帰ってから解説を読むと、モデルになった喜劇作家は実在し、そして戦死した。と
お笑いではなく、シリアスなラストシーンはそういう背景があったのか、と笑とともに悲劇を感じた。

蛇足ではあるが・・・
偶然、舞台となった浅草、そこにある映画館で見たので、なんとなく雰囲気が周りの景色に近いものがあり、身近に感じた。(舞台となる場所の映画館で観るのは、他で観るより味わい深い。「京都でのガメラ3」。「歌舞伎町でのムーンライトジュエリーフィッシュ」等々そう思った)。
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2004年12月19日

22 襟をぬらしたクライマックス

1ヶ月ぶりの映画感想です。
12月19日現在興行成績1位は「ハウルの動く城」だが、これが封切られる前は、竹内結子「いま会いにゆきます」がトップだった。
6月に観た竹内主演の「天国の本屋・恋火」がよかったので、今回気になっていた。
それに「あの映画はすっごく泣けるらしいよ」と聞いてなおさらだった。

【いま、会いにゆきます】 (死別した小学1年の母親(竹内結子)が1年後の梅雨に帰ってくる。梅雨の季節だけという限られた時間だけ・・・。という話)

映画紹介では、ファンタジーのジャンルになっていた。ただ、私はファンタジーというより愛情映画として受け止めた。恋愛部分もあるが、家族愛がメイン。派手なシーンはなく、平凡な生活シーンが大半。しかし、それがまたいい味を出す。

泣けるところというのは、限られた時間が終わるとき・・二度目の別れ(夫・息子と)=クライマックスのときだと想像していたが、それは当たっていた。しかし、まさか自分までが・・・・涙が頬をつたってしまった。以前「8」で映画で泣いた話を書いたことがあったが、あの時は、後ろの泣き声に吊られて、こっちも泣き声を出してしまったが・・・・・今回はそういうのとは関係なく、涙が出てきていた。(涙が流れるままに観ていたので襟が少し濡れた)

話しが終わりかな?と思うところで、謎(というのは大げさだけど)が一つ一つ解き明かされていき、話しが繋がっていく。あのシーンはこういうことだったんだ!と納得できる。そして、エンディングに開けれる絵本を読み終えたときタイトルも含めて全て分かる。最後まで見せ場にする構成になっていた。

本筋とは外れるが・・夫、中村 獅童の主治医(小日向 文世 )がやさしいお医者さん役、ドラマ「僕の生きる道」と同様に聞き手として味があった。
印象に残った台詞 梅雨の季節が終わり澪(竹内)が消えてしまって数日後・・かかりつけの診療所にて・・・
夫、中村「澪とはもう一度出会ったんです。そして、また恋をした・・・・」(澪が現れたとき、記憶はなかった)
主治医 「(君と奥さんは)幸せな出会いをしたね。再び出会っても、それがまた幸福になるとは限らないんだ。君たちは唯一の相手に出会ったんだよ。」


映画館に入ろうとするとき、カップルばかりが並んでいて一人で来ていた僕は躊躇したのだが、思い切って入ってよかった。以前の僕ならあのまま帰っていたような気がするが、最近はその辺図太くなってきたかな?その図太さと、涙が残っている自分の感性にちょっと嬉しかった一日だった。


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2004年12月26日

23 面白いと次もまた・・・

今年、私にしては映画をたくさん見た年だった。面白い!と思ったことが多かったからだろう。そうするとまた見に来よう、と思う。リピーター?
旅館を舞台としたドラマでこんな台詞があった。・・・・ライバル店の店主に向かって
「お客様に、不愉快な想いをさせて帰してはいけません。2度と来てくれなくなります。・・・いい想いをしてもらってそこ、この○○(観光地の名前)にきてくれる人が増える。そしたら、どの旅館も繁盛するんどす。」
そういいながら、自腹を切った。
ライバル店店主・・一言も返せない。

子供の頃だったが、どうも偽善臭い台詞に思えていたが、一面の真理であると思えたりしてきた。

さて、映画の話。
時系列的に振り返ります。

○ラストサムライ 
話題になりましたね。渡辺謙演じる勝元は西郷隆盛、敵役の大村は岩崎弥太郎がモデルとの話しでした。日本文化や価値観が肯定的に描かれているハリウッド映画でした。

◎CASSHERN  
製作者のメッセージは・・戦争はいけない!ということだったそうですが、以前の私なら”青臭い”と関心を持ちませんでしたが、最近はそこにも説得力を感いたりします。・・・話の内容が複雑でよく分からないシーンもありましたが、原作を読んでその分は理解したつもりです。

△恋人はスナイパー 面白かったですが、印象に残るものではありません。

△オーシャンオブファイヤー 可もなく不可もなくというところでした。ただ、どうも実話っぽかったので、それならすごい。

○海猿 
海上保安庁訓練生の物語。お台場で公開されていた工作船(海上保安庁が交戦の末、自沈させた)を思い出しました。
次回作もつくられるような終わり方でした。

○世界の中心で愛を叫ぶ 大ヒットでした。泣ける映画だと聞いていた。確かに女性はたくさん泣いていた。しかし、ここまでヒットするほどよかったかというと?

○天国の本屋・恋火 セカチュウと同じ日に観たけど、こちらの方がよかった。天国と地上で平行して進行する淡い物語。竹内結子主演。黄泉がえりとか、あの世だとか生き返る話しだとかそんなイメージがついてきてしまった。


△シルミド 流行?の韓国映画(でも僕が観たのはこれ一つ)実話を元にされようで・・死刑囚や囚人を中心に金日成暗殺部隊を組織した。その訓練が前半。ところが外交的に南北が和解し、暗殺部隊員は闇に抹殺されていく。「この物語は切なく・痛い」のフレーズを実感した。 ただ、そこに織り成す人間ドラマはやはり日本人とは感覚が違う(囚人部隊員は抹殺指令を知り、世話人であった教官たちを殺していく)

×キングアーサー 西洋の英雄伝説ルーツ、だと読んだことがあった(映画と関係なく)ので関心を持った。ただ、ストーリーがよく分からず戦闘シーンばかりで印象に残らない。

○トロイ トロイの木馬の話は知っていたが、今回の映画で話としてはよく分かった気がする。アキレス腱についても。ジャンル的には先のキングアーサーと近いものがあるかもしれないが、ストーリー的にこちらの方がずっといい仕上がりであったと思える。

○マッハ ムエイタイのアクション映画。娯楽として観るのに楽しめる。後に印象を残す作品ではない。

×LOVERS 2年前?の「ヒーロー」のスタッフが贈るという売り出し文句であった。あの映画が面白かったから期待して見に行ったのだが、今年見た中でワースト1。アクションや映像美はよかったと思うが、ストーリーが、よく分からない。を通り越して矛盾だらけ。やたら不自然に思えて消化しきれない不快感というのが残った。

○インファイナルアフェア「無限序曲」 香港マフィアと警察、互いに潜入スパイとして生きる2人を中心に進行する犯罪ドラマ。3部作の第2話。手に汗を握る展開で魅せられる。第3部、完結編が楽しみ。

△ムーンライト・ジュエリーフィッシュ  歌舞伎町でしか上映されていない作品だったが、ネット上の評判がよかったので見に行った。ラブストーリーとして良かったが、ラストがあまりに悲劇的(主演の藤原達也・守っていた弟の木村了の二人とも死ぬ。そして歌舞伎町は香港マフィアが支配する地域に・・)

○デビルマン 映画というよりも原作の漫画が好きだったので観にいった。(感想はこのページの15番で書きました。)

○笑の大学 喜劇を映画館に観にいったのは初めてでした。感想はこのページ18番にて

○いま、会いにゆきます 私の中では今年のベスト1です。泣いてしまいました。お笑いより感動作の方が印象に残ってしまいます。感想22番


というようなわけで、17作品でした。この中で見なかった方が良かったというのは×印の2つだけです。
さて次は・・「ハウルの動く城」かな?
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2005年01月10日

2 複眼的思考を促す言葉



 「戦前の共産党員は考え方は間違っていたが態度は立派であった・・・・・・・・・・・・
・・昭和33年3月15日、日本共産党の一斉検挙があった。共産党員および同調者の役1600名が一網打尽に逮捕されたのある。このとき警察に連行されたひとびとのうち、私は共産党員ではありません、人違いです、堪忍してください、と泣いてすがった者は一人もいなかった。
彼らは堂々として悪びれず、自分が共産党員あるいは関係者であることを進んで認め、自分及び自分たちは正しいのだと胸を張り、逮捕は不当だと食ってかかった。この人たちの考えは間違っていたけど、人間としての行動は立派であった。彼らのような態度こそ、確信犯と見なすことが出来る。この人たちは人間としての尊厳を持して守ったのである。」

数年前の放送、対談番組「渡部昇一の新世紀歓談」より。上記はゲスト谷沢永一氏の言葉。
ここで政治思想的話題は置くとして・・・・・・
この言葉を聴き、”2つの要素で見る、というのはものの見方を拡げる”といえるのではないだろうか?と思えた。
上の例で行くと・・・・・・ 
1 考えが正しく、人として立派
2 考えは間違っていて、人として立派
3 考えは正しく、人としてみすぼらしい
4 考えは間違っていて、人としてみすぼらしい
(立派の反対語ははっきりとあるわけではないのですが、「みすぼらしい」を使用してみました)

の4パターンが出来上がる。
この4パターンは他でも使える。
例えば、「自分に見える、見えない 他人に見える見えない(もの)」(ジョハリの窓)
     「好き・嫌い している していない」等々

4パターンは物事(特に自分を)を整理しする手法として使ってみるのも一案かもしれない。
さて、1番目の4パターンに戻る。
自分がどれに当てはまるか?誰しも1でありたく4にはなりたくないだろう。
では、2と3ではどうだろうか?もし、2か3かの2者択一ならば・・・・・
これは個々人の価値観で分かれるのではないだろうか?
私は個人的には2でありたいと思う。(スパッとは割り切れないけど)

ともあれ、「人や物事は複眼的に見るべきだ」と言われた気がして、谷沢氏の言葉が強烈に印象に残った。


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