2004年02月19日

7 「気持ちが通じた瞬間」をラストに



スピーチではないが職場の先輩がした話を思い出した。

知り合いの娘(中学生?)さんが学校へ行くのを嫌がるようになった。親は心配しながらも学校へは行かせた。

なぜ、嫌がるようになったか?どうもいじめがあるようだ。
母は解決を図るべく学校に相談に行った。何度も・・・・。真摯に対処してくれるそぶりに見えたが・・・。
何度か学校に通う内に”どうも変だ!”と母は感じ始めた。
学校はいじめを解決するのではなくて、それが表沙汰にならないようにもみ消すべく努力している。
そういう実態が見えてきた。

母は学校側には解決できないと悟った。
そして、娘に言った。
「もう、学校には無理には行かなくていいよ」
そのときの娘のホッとした顔が今でも忘れられない。

          2つの点が印象に残っている。
1「学校へは行くべきだ!」この両親だけは無く多くの人たちが持つ常識だと思う。私もそうだった。
 「無理してまで行かなくてもいいんだ!」という発想の転換・・それが状況の転機つながったこと。

2 結び「娘のホッとした顔が忘れられない。」
 (1)娘さん、お母さんが気持ちを分かってくれてよかったね。
 (2)お母さん娘さんと心が通じてよかったね。

決して幸福な物語ではないが、ラストに希望が持てる、印象的な結びではないだろうか!
なお、私が客観的事実を知るわけではないので、この話を元に学校批判をしようという意図はありません。
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2004年08月01日

【心のつぶやきに言葉を】

【心のつぶやきに言葉を】
魂(心)は初めから答を知っている。自分が何をしたいのかを どうすればいいのかを! 
・・人は大人になるに連れて建前・見栄・意地等々でそれが素直に聞けなくなっている。
そして、自分が何者かも分からなくなってしまう。これは本来自分に嘘をついている状態なのだ。この状態が続くと嘘をついている自覚さえなくなってしまう。そして、心の言葉を聞き取れなくなる。
 それに気づき耳を傾け聞き取る心を取り戻したとき、見失った本当の自分と会うことが出来る。



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2004年08月14日

感情を否定したかった頃

「学生の頃、世の中の全てのことは数学で解き明かせる、と思っていた。」と、こんなスピーチを聞いた。その言葉自分にも思い当たる気がした。数学とは少し違うが、物事は全て理屈で説明できるものだ、そして、理屈で説明できないものは本物ではない、と。

 代表的なのが感情だ。たとえば、人が死ぬと悲しい。それも、自分とあまり関係のない人でも・・・。なぜ、悲しいのか、それが説明できなかった。人が死ぬことと他の生物が死ぬことと、人が死ぬことの方が重大に感じた。でも、なぜ重大なのか?その理屈は今でも自分の中では成り立っていない。

・・・・・これは矛盾だ。自分の中の感情と理屈が矛盾しているのである。それが我慢ならなかった。そして、私は感情を否定するべく努力するようになった。20代前半ではそれに成功したというべきか、あまり感情のない人間になっていた。感情と共に意欲も・・ あの頃に「生きることに疲れた」と何度も発していたのだから、精神的には今より老いていただろう。今思えば、あの頃「心のつぶやきに言葉を・・」の反対を目指していたのだ。
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2004年08月15日

矛盾を突き詰めずにはいられない頃 (8/15記)

矛盾を突き詰めずにはいられない頃 (8/15記)
 「青春」という言葉がある。なんとなく、響きが明るい。人生の中で活発で楽しい季節(とき)であるようなニュアンスで使われることが多い。
「挑戦する心を忘れなければ、いくつになってもそれは青春だ」という詩もあった。
皆さんはどういう印象をお持ちでしょうか?
(以下、私の独断で書きます)

 小学生の頃「青春時代」という曲が流行った。その曲の最後は
「青春時代が夢なんて後からほのぼの思うもの、青春時代の真ん中は道に迷っているばかり、胸にトゲ刺すことばかり」

 当時は、少しもの悲しいメロディが好きであったが、歌詞の意味などは全く分からなかった。
 今、青春時代は通り過ぎた者として、自分なりには少し理解できたつもりでいる。
「青春とは矛盾を突き詰めずにはいられない季節」なのである。
この頃というのは、純粋に物事を考える(学生なら特に)。そして、正しい(主観的ではあるが)ことと自分の現実、行動、これらが矛盾していることが、我慢ならない。そこで悩む・・大人から見れば「何も困っていないのに何を苦しんでいるんだ!」ということになる。
この状態が「道に迷っている、胸にトゲ刺すことばかり」なのである。

人間が実際に生きていくに当たり、数多くの矛盾を抱えているのが普通だ。
その矛盾と適当なところで折り合いを付けて、普段は意識せず生きていく・・これが青春時代を過ぎた大人ということになる。
こういう姿勢を見て「大人はずるい」という言葉になるのであろう。
しかし、折り合いを付けて行かねば、いつまでも「胸にトゲが刺さり続ける」のである。

 最近、読んだ本に、
A「青春時代に返りたいですか?」
B「いやいや、あんな時代には返りたくない」 
という対話があった。

青春時代を過ぎた大人にとっては、あの矛盾に引き裂かれるような不安定な精神状態を二度と味わいたくない、と言うことであろう。
「大人になれ」とは「現実と折り合いをつけろ!」という意味で、社会人となればそうしていく必要がある・・・。


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2004年08月16日

矛盾を受入れる、しかし忘れない(8/16記)

矛盾を受入れる、しかし忘れない(8/16記)

先日の続きですが、逆のことを述べます。
表題に挙げている、「心のつぶやきを言葉に・・」という意味合いでは「大人になる」ことは逆ではないか?ということです。

こういうこと書いていて、教室でのスピーチを一つ思い出します。
「”生きる”という映画があった。主役は橋本稿、白黒の相当古い映画です。主人公は地方公務員、休まず、遅れず、働かず、典型的なお役所仕事ぶりだった。しかし、ある時病で余命一年と言うこと知る。彼は一変する。自分の生きた痕跡として住民に何か役に立つものを残したい、と。そして、街角に小さな公園をつくることを目指す。同僚のお役所仕事が行く手を阻むが、苦闘の末それを完成させる。・・・そして逝った。・・・・・・・自分(スピーチ者)は今生きている、といえるのだろうか?」

休まず、遅れず、働かず・・現在の公務員がそういう状況であるかどうかは別として・・・これが現実に合わせて身の処し方だった。主人公はそれに矛盾を感じる心=志を失っていたのだ。・・それが余命1年、と言う状況で魂の言葉が大きく聞こえてきた。そして、その実現を目指すべく、役所勤務で身につけた大人の知恵を駆使し、情熱で成果を勝ち取った。それは冥土の土産になったことだろう。


これは物語なので、成果も目に見えたが、現実の生活をしている我々はどう考えればよいのか?
職場等の組織では不条理と思える仕組み・慣習が数多くある。
組織の長や権限がある者はそれを改めていく責務がある、とも思えるが、一構成員がそれを行うのは現実上ほとんど無理であろう。
一構成員として出来ることは、組織の仕組み・慣習に従って行動する。が、”それはおかしい”と思う感覚を失わないことだ。
やがて経験を積み、”おかしい”と思っていたことに”意味があった、自分の間違いだ”と気づき納得するならそれは大きな成長といえる。

マズイのは現実に行動を合わせていくうちに、おかしいことをおかしいと思う感覚をなくしてしまうことだ。これは心の判断まで組織にゆだねた状態であり、精神まで組織に隷属してしまうことになる。


大人になって、現実と折り合いをつけながらも、矛盾を忘れない、という姿勢を持ち続けたい、と考る次第です。

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2004年08月23日

枕木の道(2003年春)



一昨日、トレッキングに出かけました。
http://www27.tok2.com/home/nakarin3/kiroku_017hukutiyamasen-haisenkosu/
17-0hukutiyamasen-haisenkosu.html


実家の近く(電車で30分)に廃線になったJR線路があります。廃線と言っても地下に新しい鉄道が走っているのですが。ここが人気のあるハイキングコースになっています。地元では好きな場所で今回3回目です。GWで天気も良く家族連れが多かったです。ここを歩きました。

JR生瀬駅から徒歩10分。
分かりづらい入り口には立て札がありました。「ここは昭和61年に廃線になった場所でハイキングコースとして開放されているわけではありません。足元が不安定になっているところもあります。事故については責任を負いかねます。JR西日本」ガイドにもそう書いてありましたので逆に目印になりました。狭い道を入ってみるとやはり線路跡でした。レールはどこにもありませんでしたが枕木が続いていました。途中、枕木が切れたところもありましたが。初めは道路の横、それから田舎道でしたが、トンネルをくぐりだんだんと山の中に入ってきました。真横が武庫川で大きな川。辺りは新緑の山。これはなかなかの景色です。(スケールが絶大ではないので絶景とは言いかねますが。)

川では瀬と瀞の景色が交互に繰り返されます。瀬では大きな岩もありいろいろ名前がつけられていました。立て札が立っていて名前と解説が載っていました。「百畳岩」「屏風岩」こういうのがあると歴史や言い伝えを知ることが出来て面白い。ただ、川は線路より5mほど低く離れていたため、どの岩か分からないこともありました。

途中トンネルを6つほどくぐりました。トンネルには長いものが3つほどあ
りました。中は電灯がない上S字型に曲がっているため真っ暗でした。懐中電灯必携です。でも、「真っ暗なところをそのまま歩いてみたい」などと思ったりもしてあまりつけませんでした。でも、それだと横の壁に頭をぶつけそうで。時々つけると壁がすぐ真横に来ていたりして。少しぞっとしました。が、なかなか出来る体験ではありませんぞ。出口から真っ直ぐの位置に来て初めて光が見えてホッとしたのも印象的でした。

ここは人気コースとあって、結構多くの人と行き違いました。
「コンニチワ」と挨拶をどちらともなくした場合が多かったのですが、トンネル内では一度もする気になりませんでした。明るいところと心理状態が違うようです。

幅の広い川ですが鉄橋が一度だけありました。横についている歩道を渡ります。景色は絶景(大袈裟にいっています)そこを渡っているとき思わず、汽車ポッポの歌を口すさんでしました。
「汽車汽車ポッポっポシュッポシュポ・・・・・僕らを乗せてシュッポ・・・・鉄橋だあ鉄橋だあ楽しいな!」気がつくとすぐ後ろを老夫婦が歩いてきていました。聞こえたかな?ちょっと恥ずかしかったです。

 入り口と同じ立て札がまたありました。右側が新緑の山の壁、左側は武庫川の岩景色。「そうだそうだ、汽車に乗ったときもえらく景色が良いところだった。小学生のときはこの線路で日本海に家族旅行したけどな。」と年一回の楽しみだった旅行を思い出してきました。「それにしても18年も前に廃線になったか?そうか、僕は小学生から数えたら25年経っているな」と理解しました。でも、この景色、ちょっと前に見た気がして仕方がない。

コースは6Kmと聞いていましたが2時間30分かかりました。枕木の間隔は
歩幅と合っておらず小幅で歩いたのも原因でしょう。でも、結構何人かの人に抜かれていったしね。結局普段と違い、景色を楽しみながらゆっくり歩いたからと言うのが一番大きいような気がします。

廃線跡がなくなってしまい、JR武田尾駅につきました。昔からある駅ですが、線路のコースが変わったためこの駅は新しいです。半分は山のトンネルの中・半分は武庫川の上。しかも、6〜7m上につくられています。道から見ると半分トンネルに突っ込んだようなホーム。こんな駅を見たのは初めてです。なかなかユニークです。

 以前、川の上の駅「新玉川線の二子玉川園駅?」も感動的でしたが、今回はそれを上回ります。うれしくなってホームの一番奥から一番先まで歩きました。ただ、少し疲れていたので、後はベンチに座ってゆっくりしてしまいました。歩くことは好きなのですが、線路の上、真っ暗なトンネルの中と、普段と違う景色なかなか楽しかったです。

・・・・初めて歩いた(5年前)と比べて・・・
このときは秋でした。紅葉の景色の方が合っていると思いました。
それから・・以前はハイキングコースとしては認められていなかったのですが、人気があるため、整備されてきたみたいです。以前にはなかった、案内板や休憩広場が整備されていました。これに関しては善し悪しで・・・

”寂れた風景がいい”と言う気もしたんですがね(-_-)


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2004年08月25日

矛盾が苦にならず(不思議)・・・(8/25記)



矛盾について2日間述べたが、それに関連して・・といっても軽めの話題だけど・・・



「道徳という土なくして経済の花は咲かず」日下公人著という著作を読んだ。
内容・・日本の社会は古来から、人の出入りが少なく、周りとは同じ人たちと永い(一生)つきあいになるのが普通だった。だから、長い時間をかけた信用が大切にされる。約束したことは、事態が変わって損をしたとしてもそれを守り次の取引に繋ぐ。お互いに道義を大切したのだ。これは相手を疑っていろいろな対策をしたり、泥棒に備えて警備にお金をかけたりする、コスト軽減につながる。そして長期的視野に立って経済活動をすることが可能になるのだ。経済の根本はこのような道徳が土台となるのである。・・・最近のアメリカは道義をなくしてきている。このようなことではアメリカの時代も時期に終るだろう。・・・そして、日本は道義力先進国なのである。」

大いに共感したわけです。

以前、私は下記のような文章を書いたことがあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「政治が正しく行われれば社会が全てうまくいく」
とも思えません。
根本は
「国に故郷に家族に誇り・愛情・自信をもち
自分に対しては加えて、向上心、気概、バイタリティをもつ。」
このような精神であると考えます。
(政治・法とはそれを具現化する技術・手段との位置付けになるのではないでしょうか?)
私は現在日本においてこの精神が大きく失われている。と見えます。
したがって、根本たる精神を訴えることを重点においているのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

内容的には非常に近いものがあるではないか?と。(もともと日下氏の著作を多く読んでいたのからかも知れないですが)


しかし、それとは反対の論旨の述べられた著作にも納得していまう。

「属国・日本論」の副島隆彦。(副島隆彦の学問道場)ここでは、
「日本の社会は遅れた未開人の部族社会であり、欧米からは先進国とは見られていない。」
と何度も記されています。


いくらか、共通しているところはある(アメリカ社会よりは日本社会の方が住みやすい)にしても、大筋で反対であると思われます。
ところが、私の頭の中では両方に共感してしまう。これはいったいどういうことか?
これは、前日に述べた「大人になる」というのとは全く別です。(現実に折り合いをつける=大人と、著作に共感することは全く関係がない)

相反する説に対して両方に共感してしまう。(皆さん、そんな経験おありでしょうか?)
このことを苦に感じなくなった、なんか、不思議な気分です


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